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インスタントコーヒーをもう一杯 VOL3

再び僕らは国道へ戻った。
十津川街道を南東へ進んでいく。
徐々に道の左右の景色は、その色合いを変えていった。
視界に迫った深い緑から、開けた土地につくられた人工物が多くなっていく。
街が近づいていた。
車の数も少しずつ増えていった。どうやら新宮にたどり着いたようだった。
これまで何度か通り過ぎた街。立ち止まらずに、流し見だけで終わった街だった。
同じ街を、ゆっくりゆっくりとカブで走る。
カブなら、止まらなくても多くのものを感じることができた。
あたりは、それまでの山深い道から、海沿いを走る道へ変わった。
潮の香りをかすかに感じた。
ついに海に出たぞ。
なんだか、すごい冒険をしたような気分だ。
あとはひたすら南へ進むだけだった。
そして、僕らは串本までたどり着いた。
このあたりで写真を撮るとなると、橋杭岩かな。
ここでも、行けるところまで行ってみよう。
 
 

 
今日の一日、大して進んでははない。
大型バイクなら、半日の距離だろうか。
しかし、のんびり休み休み来た僕らに、すでに夕刻が迫っていた。
今夜は潮岬キャンプ場でテントを張る予定だった。
だだっ広い、長く伸びた芝に覆われた、草原のような広場がキャンプ場だ。
ところが、その広場の真ん中で、数人の男たちが草刈り機のような機械で、
芝を刈って大きな円をつくっている。
だいの大人が、キャンプ場に勝手にゴルフのグリーンをつくって、
パターの練習でもするつもりなのか?
 

 
そんなバカげた想像に駆られたのだが、真相は違っていた。
駐車場にたどり着くと、目立つように置かれた看板が目に飛び込んできた。
そこには予想だにしていなかったことが書かれていた。
 

 
なんと、明日の防災訓練のために、キャンプ場が一時閉鎖、ということだった。
その駐車場に車を停めて、男たちの様子を眺めていた老人が声をかけてきた。
明日は防災訓練にオスプレーが参加して降りてくるんだ。
なんと、ゴルフのグリーンかと思った円は、オスプレーの着陸地点のようだ。
さすがにそれは逆らえないよね。
二人して苦笑いを浮かべながら、今夜の宿泊地を探すことにした。
ツーリングマップから探し当てられるのは、紀伊大島にあるキャンプ場だった。
しかし、今回の旅で、一番心に残る「がっかり」を挙げるとすると、
迷うことなくこのキャンプ場だろう。
ここでも二人の意見は一致した。
そのキャンプ場にバイクを停め、テントを張り、買い出しを行い、再び戻る。
 

 
彼はバーナーとコンパクトなスモーカーを組み立て、燻製の用意をはじめる。
さあ、宴会を始めよう。
僕はビール、彼は焼酎を傾けながら、ほどよく香りと味が染みた燻製をつまんだ。
 

 
ちびりちびりと飲み、つまみながら、いろいろな話をした。
日がすっかりと暮れ、あたりが暗闇に包まれた。
彼が次に取り出したのは、これもまたコンパクトな焚火台だった。
買い出し先で手に入れた薪を少しずつくべていく。
オレンジ色の光がゆらゆらと、時には大きく、時には小さく揺らめいている。
 
 

 
彼が話し、僕が聞く。
僕が話すと、彼が聞く。
当然だが、二人きりの会話はそういうものだ。
そんなことを繰り返しているうちに、夜がどっぷりと更けていった。
ふと、空を見上げてた。
そして、息をのんだ。
視界の端から端まで、まったく収まりきらないほど広い空間が、
自分たちを吸い込んでしまいそうなくらい、近くに迫っていた。
そして、その奥にいったい何億あるのだろうか、
夜空を埋め尽くさんばかりの無数の星々が輝いていた。
その星空を満足するまで眺めたあと、僕らはそれぞれのテントに潜り込んだ。
 
朝が訪れた。
どうやら、ぐっすりと眠れたようだった。
疲労感もほとんどない。
テントから這い出すと、彼はすでに起きていた。
コーヒーでも入れようか。
二人でそれぞれのカップを用意した。
ああ、僕のと似ていますね。
彼が言った。
ふたりとも、飲み物が冷めにくいように、二重になった金属製のカップだった。
そして、ハンドルはワイヤー製の折り畳み式。
彼が言った。
これが一番、冷めにくいしコンパクトになるし、いいですよね。
僕のはステンレス製、彼のはチタン製だった。
メーカー名と金属の材質が違うだけで、ほとんど見た目は変わらなかった。
僕が答える。
本当だね。まるで一緒だね。そうそう、コーヒーはインスタントでいいかい?
僕はコンビニで買える、一番小さなビンに入ったインスタントコーヒーを見せた。
彼はそれを見て、後ろを振り返って何かを手にした。
僕も持っていますよ。同じものを。
手には、まったく同じビンに入ったインスタントコーヒーが握られていた。
そのインスタントコーヒーを選んだ理由を、彼に問いかける必要はない。
再び僕が答えた。
じゃあ、あとでそっちのコーヒーをもう一杯飲もうか。
彼は笑顔を浮かべた。
 
おわり。
 
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