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旅 7日目 その4



こちらは完成した漁港を囲む防波堤。
防波堤を超えるために、左からスロープのように、坂道が国道とつながっている。



ちょうど、防波堤を超える地点にバイクを止めてみた。
右側が漁港だ。再び津波がきた場合、漁港を捨てて避難する。
被害を最小限にとどめる手段だろう。



新しい防波堤の先に海がある。
防波堤の上でじっと海を眺める老人がいた。
彼はこの景色をどのように感じているのだろうか。



ようやく陸前高田まで来た。







なんということだろうか・・・・
見渡す限りの更地が広がる。防波堤以外に存在するものは何もない。
いったい、ここで幾万の幸せが奪われたことだろうか。
言葉に表せなかった。



噂に聞いた一本松を見ることが出来た。
この一本松は津波の1年後には枯死してしまったようだ。
今、目の前にあるものは一本松を保存するため、
はく製のような作業を経て再び立てられたもののようだ。
いずれにしても、人々の希望の象徴であることに変わりない。



取り壊しも済んでいない建築物もあった。こちらも遺構となっている。
あとで調べてみると、津波被害にあった気仙中学校だそうだ。
津波が気仙川の堤防を超えてわずか数分で校舎3階まで達したそうだ。
なお生徒たちは、日頃の安全教育により、津波到達前に避難を終えた。



別の角度から見る一本松。
近づくには遠くにバイクを駐めて歩くようなので、やめておく。



こちらは被災者用の新しくたてられた住宅。
防波堤内とはいえ、海は近い。
津波に家を奪われても、やはり海沿いに住み続けたいという想いをもつ住人も多いのだろう。



陸前高田を過ぎても、更地が多かった。
ここから南へ進むにつれてさらに多くなることだろう。



南三陸町に再びやってきた。



光景は3ヶ月前とほぼ変わらない。



最終的にどのような風景になるのか、全く分からないが、
工事だけは着々と進んでいるようだ。



本来はもう少しピッチを上げて、このあとも女川町、石巻も通過する予定であった。
しかし、いろんな光景を見るたびにバイクを止めて写真を撮ったり、
国道からそれて漁村へ向かったりしているうちに時間がどんどんと過ぎてしまった。
女川町、石巻、また仙台から南方面は第3弾に残し、今日は宿営地経向かうこととした。



宿営地は前回のツーリングでも利用した、
森林公園町民の森松島町野外活動センターだ。
この手のキャンプ場は町営のため比較的リーズナブルで、
設備が良い場合もある。(全くなにもない場合も多いが)

そして、近くの温泉へ。シンプルですがすがしい温泉。



今夜の食材はさんさん市場で購入した海鮮とコンビニのサラダ



見た目も美味そうだが、本当に美味しい。
特に岩牡蠣は素晴らしかった。例えようもない美味さ。



2つは生で食べてみたので残る一つは焼いてみた。こちらも最高。



これだけではやや物足りないのでカレーを。
手間を減らすためジップロックで米を炊いてみた。
まあまあな感じ。
もちろん、最高の炊きあがりとはならない。
こんなので最高になってしまったら象印さんに申し訳が立たない。



たまにはレトルトカレーも悪くはない。
キャンプの基本だ。



GWの時と同様、小鳥のさえずりで目覚めた。
幸せな時間だ。
昨夜の残りの米と味噌汁でネコまんま



そうそう、卵も残しても仕方が無いので



シンプルに目玉焼きを。



朝の気温は20度。本当に快適だ。



さあ、これで旅も終わり。フェリーで仙台から名古屋に渡る。
名古屋からは、すぐに高速に乗って地面に一度も足を付けることもなく、
自宅まですっとんで帰る予定。
名古屋の最高気温予想は39度らしい。



フェリー乗り場でカツ丼を。
ようやく普通食となる・・・



コグマチャンと楽しくビールの時間



前回と今回で走った東北の経路。
薄青色が走った部分。
下北半島は録り忘れたがほぼ回った。
一口に東北といってもかなり大きい。
2週間かけても回りきれなかった。
夏は暑いので他の季節にまたチャレンジしてみたい。



トータル、2540キロ。
よく走った。帰ったらオイル交換の時期だ。

ここで一応、旅の記録は終わる。
また、気が向いたら番外編を書こう。




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