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旅 7日目 その2

本日は実際には2018/8/12
ブログ上では旅の7日目、8/4(土)である。
今は大阪でブログを書いているが、さすがに仕事が始まると、
なかなかそんな時間も持てない。
バイクで旅して、気ままにテントを張り、料理しながらビール、
星空の下、スマホで旅日記を綴りながら焼酎をちびり・・・・
そんな幸福な時間の過ごし方は、永遠とは続かない。
しかし、せっかくの旅の記録だ。最後まで書き残そう。

久慈駅周辺のあまちゃん盛り上げは半端ない。











街中の、営業しているのか、していないのか、分からないような店舗、
そんな店のシャッターにたくさんのあまちゃんが描かれている。
いろんな思いを持った人たちが、
人が減り寂しくなっていく街を、少しでも活気づけようとしているのだろうか。
そんな気持ちが伝わってくる。

まだ、朝も早い。その涼しい間に先に進もう。
忘れてはいけない。
この場所、三陸沿岸は2011年3月11日に発生した、
東日本大震災によって引き起こされた津波の被害を受けた場所だ。
昨日までの、のんびりまったりツーリングとは異なり、
本日はしっかりと三陸沿岸の様子を胸に刻みたいと思っている。
内陸部の国道ばかり走るのではなく、
できるだけ沿岸部の漁村なども見ておきたい。






久慈周辺の海岸線自体は、震災直後を思わせるような様子はすでにない。
もう7年が経つ。時間が多くのことを解決してくれているように見える。



海水の透明度も高く、美しい海岸線が続く。



しかし、砂浜や漁港がある辺りに来ると、大きな防波堤が見える。
コンクリートの地肌が新しく見える。震災後に作られたものだろうか。



ある漁村を訪ねてみると、「じぇじぇじぇ 発祥の地」の看板。
そうなんですか、ここが発祥の地なのですか、
しかし、まさか、石碑が作られるとは・・・・恐れ入りました。
ですが、この石碑がここにあるということはファンの間では周知のことか?



自撮り代わりにコグマチャンで撮影。
コグマチャンも驚く。じぇじぇじぇ!



静かな漁村の朝



人の気配がするので近づいてみると、なにやら作業をしている人たちがいた。



今朝採れたウニの殻をみなさんで剥いているようだ。
写真を撮影させてもらえるようにお願いし、快く了解をもらった。



剥いているのはおそらくこの辺の漁村の奥様たちだろう。
手際よく次から次へと剥いている。
剥かれて殻だけになったウニは、まだハリがウニョウニョ動いていた。
新鮮なウニがここから出荷されていくのだろう。



これはあまちゃんの記念碑。
あまちゃんが成した功績は大きい。


この村の一軒一軒に生まれた女性たちが海女になったり、
ウニの殻剥きに従事したりするのだろう。



こちらは大津波記念碑だそうだ。
記念、という言葉に少し引っかかりはするが、ここも被害が大きかったのだろう。



こちらも真新しい防波堤が海と陸を分断している。



防波堤に上ってみた。
この堤が後ろに住む人々の命と財産を守る。
しかし、美しい海岸の眺めは失われた。



防波堤の上から見た景色。かなりの高さだった。



少し進むと、また別のタイプの防波堤があった。
こちらは壁面が垂直のタイプだった。
この違いはなんだろう?見ただけでは判断がつかなかった。
こちらも真新しい。



こちらはまだ工事中の防波堤だった。
7年経っても、まだ工事は終わっていない。



かすむほど遠くまで、この「進撃の巨人」の壁が続く。



なんて巨大なのだろうか、そして、これは何を作っているのだろうか・・・



三陸鉄道の線路だ。
こちらも砂利が真新しい。おそらく津波で流された部分なのだろう。



まだまだ、完成が遠い防波堤もあった。



昔はどんな景色だったのだろうか。



三陸鉄道の橋脚。
この部分は少し内陸側にあり、おそらく被害は受けていないように見えた。



三陸沿岸の道路は、海岸線に迫った山々のために、
リアス式海岸と喚ばれれる独特の景色をなしている。
道路は山を上がったり下りたり、標高がめまぐるしく変わる。
そのため海岸線付近では、ここから先は津波が襲った区域、
ここまでが津波に襲われた区域、と標識が至るところに表示されている。



さきほどまで海抜数メートルかと思えば、これほど高い地点を走ったりする。



たまたま三陸鉄道の駅の付近を通りかかると、上りと下りの列車がすれ違っていた。



レトロな雰囲気のある列車だった。
ファンがみたらさぞかし、胸躍るのだろう。












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